就業規則の活用
就業規則の活用

就業規則を社内ルールや社員のモチベーションアップのために作成すべきではありません(注)。加えて、労働法をなぞり法律条文を丸写しをして作成すべきでもありません。市販の書籍や労働局が提示している雛型就業規則によらず、また、日常の社内ルールを規定するのでもなく、労使の利益対立の場面を想定し、企業の「武器」となるような就業規則を作成・運用することが、真面目で貢献的な社員にとって良好な職場環境の実現につながり、企業の経営理念の実現につながります。

(注)社員のモチベーションアップは企業にとって欠かせませんが、大多数の真面目で貢献的な社員のモチベーションアップの仕組みは人事制度で実現します。問題社員と対峙するときに武器となる就業規則と社員を育成する人事制度の役割分担を意識することが大切です。



契約としての就業規則
 

時代の変化や雇用形態の多様化、労働者の意識変化を背景に、使用者と労働者の関係は、「慣行から契約へ」と移行しています。それにともない、就業規則が担う「契約」としての役割は、かつてないほど重要になってきました。契約である以上、就業規則は、法改正や経営環境によって、定期的に見直しが行われるべきです。

 

利益対立の場面で「武器」となり得るか?

   社内規程の中で、就業規則ほど旧態依然のものはないでしょう。ほとんどの企業の就業規則は、労使関係の長い歴史の「遺物」であり、労働関連法規改正のたびに継ぎ足された「異形」といっても過言でないといえるでしょう。それでも企業組織が動くのは、就業規則が使われていないからだと推察できます。業務命令も転勤命令も発令されることはなく、ほとんどすべてが労使の合意でなされているのが日本企業の労務管理だといえます。解雇や懲戒をできる事案であっても、多くの場合は退職や指導という形がとられています。

しかし、これからは就業規則が機能しなければならない時代になるでしょう。長期雇用システムの変容を背景として、個別労使関係での紛争が増加することは、覚悟せざるを得ない時代だからです。そこでは、就業規則は、企業の唯一の「武器」となります。労使関係を調整するツールではなく、まさに対立する場面で企業を優位に立たせる「武器」としての就業規則が企業に必要な時代になったといえます。

もっとも、他の規程類や契約書と異なり、就業規則は「ヒト」を直接の対象としますので、就業規則は結果としての権利義務よりも「見せかけ」としての権利義務であることを認識することが必要です。そして、企業の権利は行使されず、企業の義務は丁寧に履行されることが望ましい労務管理です。「武器」は強いにこしたことはないが、その「武器」を使わないような労務管理を心がけることが望ましいことは言うまでもありません。
 

就業規則を使う場面を想定して作成しているか?
  『就業規則=社内のルールブック』といっている企業ほど、利益対立の場面で労働者側の主張に屈してしまうことが多いのが実際のところです。通常の労務管理では、就業規則は使っていません。おそらく、多くの企業が日常において就業規則を目にすることはないでしょう。ざっくばらんに言うと、日常の労務管理においては、就業規則なんか使わずに、知らず知らずのうちに個別同意を得るスタンスで労務管理を行っているということです。しかも、多くは、就業規則で規定されている以上に労働者にとって恩恵的対応をしていることが多いとえます。

では、就業規則を引っ張り出してくるときは、どんな場面でしょうか?それは、個別同意が得られず、労使紛争へ発展してしまった場合です。就業規則は、労使の利益対立の場面で、はじめて認識するものです。だからこそ、社内ルールという利益調整ツールではなく、就業規則は企業を守る「武器」でなくてはなりません。
 


どういう場合に「不利益変更」となるか?
  就業規則の改定を進めるにあたって「どういう場合が不利益変更となるか」を知る必要があります。不利益変更に合理性があるかどうかは関係ありません。不利益変更かどうかは、労働条件の水準が一つでも低くなれば、「不利益変更」となります。例えば、労働条件の水準が向上する事項があったとしても、労働条件の水準が低減する事項が一つでもあると、「不利益変更」にあたると認識しなければなりません。

また、個別同意を取る場合は、「不利益変更」とならないことは当然です。個別同意が取れないため、統一的かつ画一的に労働条件を規定する就業規則を一方的に変えることで、労働条件を変更することを「不利益変更」と呼びます。
 

不利益変更の「合理性」とは?
  就業規則の不利益変更にあたる場合に考えなければならないのは、有効・無効を決める“マジックワード”である不利益変更の「合理性」についてです。
労働契約法第10条や第四銀行事件(最判H9.2.28)で引用されている「合理性」です。労働契約法第10条を引用すれば、「就業規則の変更にかかる事情」として
@「労働者の受ける不利益の程度」
A「労働条件の変更の必要性」
B「変更後の就業規則の内容の相当性」
C「労働組合等との交渉の状況」の4点を挙げ、これらについて「合理的」なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、変更後の就業規則に定める内容となる、とされています。
 

「合理性」は作り出すもの
  就業規則の不利益変更を実施する際に、変更内容自体が合理性かどうかを検討するのは極めてナンセンスです。合理性の有無を弁護士や社会保険労務士と膝を突き合わせて一つ一つ検討する企業が多いと思われますが、これは不利益変更において企業が最も採ってはいけない時間の使い方です。

前述の4点のうち、重要なのはC「労働組合等との交渉の状況」です。裁判紛争となった場合に重視されるのは、「労働組合等の交渉」というプロセスです。

よって、労働者の意見を聞き、不利益を関する措置を講じ、企業としての必要性を説明するなど、労使間の利益調整というプロセスを丁寧に講じることが実務上の最大のポイントです。
 

就業規則不利益変更の現実的考え方
  実務的には、「裁判紛争にならなければ、就業規則変更の合理性は問われない」ということを踏まえておかなければなりません。「裁判紛争にしない」という点と、仮に裁判紛争となったとしてもC「労働組合等との交渉の状況」というプロセスが重視される、という点を考え合わせると、企業の実務家がとるべき手段は、このプロセスを丁寧に講じることに尽きることになります。具体的には、労働者の意見を聞き、不利益を緩和する措置を講じ、使用者としての必要性を説明します。その結果として、ある意味では「ガス抜き」がなされて、裁判紛争にまで至らないことに済む場合が多いといえます。

この意味で、就業規則の「合理性」は所与のものではなく、企業の努力により、作成されるものなのです。
 


労働者の行為を要件としていないか?
   就業規則は労使間の民事的な権利義務関係を規定するものです。相手方の行為がなくても効力が発生する使用者の形成権としては、解雇・懲戒・配置転換などの各権利が存在します。

労働契約では、特に解雇や転勤などの形成権の行使に関し、権利濫用が問題となりますが、この判断においてはプロセスが重視され、そこでは労働者のとのコミュニケーションが高く評価されています。

しかし、就業規則が機能するのは、労働者が使用者の要求を拒否した場面です。あるいは利害が対立する場面です。このため、本来不要な労働者の行為をことさら効力発生の「要件」としたり、行為がなければ完了しない就業規則は全く使いものになりません。プロセスを履行しようとする「努力」や「姿勢」は、コミュニケーションとしては必要ですが、プロセスに使用者が拘束されては意味がありません。

始末書をとっても反省していなくては意味がない。退職届がでなくとも諭旨解雇で終わらせたい事案は少なくありません。労働契約解消などの労働者の不利益が大きい処分は、使用者だけで完結できることが不可欠です。
 

マニュアル化して人事部門が自らを制約していないか?

   労働基準法は、即時解雇について、労働基準監督署長の除外認定を必要としています(第20条第3項)。この除外を受けるには数週間を要する場合もありあす。即時解雇後に除外認定を申請しても同項違反であり、6ヶ月以下の懲役または30万円以内の罰金に処せられてしまいます(第119条第1号)。違反しても懲戒解雇は民事的に当然に無効となるものではなりませんが、労働基準監督署長から指導を受けることになります。

これは、就業規則を人事部門のマニュアルとして規定していることに問題があります。就業規則は労働者と使用者との間の権利義務関係を規定するものであり、ここに使用者のマニュアルを記載すると、労働者に対する使用者の義務となってしまいます。仮に、マニュアルに反した場合、使用者の権利行使が無効となる方向に働く可能性が大きいといえます。

即時解雇で除外認定申請をすることは、就業規則に書くべきではありません。また、懲戒のおける告知聴聞手続きは、手続きを講じられない場合まで備えて規定することが求められます。そもそも、懲戒解雇を即時解雇に限ることが相当ではありません。

就業規則は漫然と社内手続ルールを記載すべきではなりません。権利行使の手順は社内細則など他所に記載すべきです。就業規則が機能すべき事案では、マニュアル化した就業規則は、かえって労働者を利することになりかねません。
 

書きすぎて過度に確定的になっていないか?
   休職については、精神疾患事案の急増により、就業規則お見直しを進めている企業が多いかと思います。通算規定を設ける場合、一定の期間が経過すれば通算しない旨を明確に規定する例も多く見受けられます。

これは、10年も間があっても通算を認めるのかという疑問からだと推察しますが、明確に書くことで、その期間が経過すればリセットすることを労働者に約束してしまい、労働者がリセットする権利を有することになってしまいます。使用者にとっては、通算規定がない方がまだ解釈で争える余地があるといえます。

また、労働者は、復職からリセット期間を超えることで、休職期間の通算に至らにように頑張り続けてしまう。再発しても、なかなか休職しない。さらに、休職の前に長期連続欠勤を規定する就業規則では、出勤と欠勤が断続する状況では休職要件を満たすことができません。

他には、懲戒解雇で退職金を不支給とする例も多く見受けられます。しかし、、実務的には、懲戒解雇ややむを得なしとしても、退職金が全額不支給となることには不服を有する労働者も少なくありません。翌日からの生活や住宅ローンの返済に困ることもあるでしょう。このため、退職金を請求する労働審判や訴訟が提起される恐れが大きいと考えられます。近年の裁判例には、懲戒解雇を有効としても、所定額の約3割の退職金請求を認めたものもあります。

「就業規則に書いてあるから」あるいは「就業規則には書いてないから」といって、就業規則の規定どおりに運用し、無用な紛争を引き起こすのは得策とはいえません。本来は権利にすぎないから、紛争にならないように、使用者が謙抑的に行使すれば足りるはずです。

透明化や予測可能性という美名のもとに「書きすぎた」過度に確定的な就業規則は、様々なケースが想定される実務の世界では、かえって役に立たないといえます。
 

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